えりりんの発達障害日記

20代発達障害者の雑多ブログ

発達障害は言い訳なのか?

こんにちは。えり(@viola_alauda)です。
今日はTwitterで話題になっていた「発達障害は言い訳なのか」ということについて書いていきたいと思います。
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Twitterを見ていると、こんな呟きがありました。


東洋経済オンラインの記事なのですが、私はこれを見てあっけにとられました。

発達障害を言い訳にしてはならないという記事

私が発達障害と診断されたのはつい最近、去年の10月のことでした。
今まで対人関係や仕事上のミスが多く、ネットの海で発達障害という概念を知ったのも昨年のこと。上手く行かなかったことのほとんどがこれで説明がついたような気がして安心したような、でも一生治らないものと知って絶望したような、不思議な気持ちになったことを覚えています。

さて、上に挙げた記事を要約すると、次のようなことが書かれています。

発達障害者は得手不得手が多く、あいまいな指示を理解できなかったり耳から得た情報を処理できなかったりする。しかし発達障害を免罪符に社会に一方的な配慮を求めるのは一種の攻撃的な見方である。定形発達の人間も同様に生きづらさを抱えていることを念頭に自分自身も受け皿を広くもち、そうすることで社会に自身の受け皿を作っていくべきである。

皆さんはこれを読んでどう思ったでしょうか。
案の定コメント欄は炎上しているようですが、私もこの考え方には全面的に賛成することはできないかなと思いました。

発達障害は免罪符になりうるか?

こちらの記事で詳しく解説したように発達障害とは脳の得意不得意が普通の人と比べて大きいもので、その凸凹具合は人によって大きく異なります。
発達障害者の中には聴覚過敏という特定の音が極端に負担になり疲労感などを伴う特性を持った方がいますが、私はありません。また、私は文章を書くのが得意で喋ることが極端に苦手ですが、逆に話す方が得意という人もいます。
このように発達障害の特性には様々な種類があり、どういった困り感を抱えているか、また特性がどの程度強く出ているかは個人によって違うのです。

では、発達障害の中で聴覚過敏を抱えるAさんがいるとしましょう。電車や街中での喧騒はAさんにとってとても負担になり、すぐに立っていられなくなるので対策としてイヤーマフをつけています。
これは特性への対処であり、言い訳ではありませんよね。
では、Aさんはコミュニケーションが好きで会社の人とも良好な関係が築けているにもかかわらず、電話対応がめんどくさいからと「発達障害があるので」と理由をつけて配慮を求めたらどうでしょうか。
後者は明らかに発達障害を「言い訳」に使っていますね。
では、Aさんが人とコミュニケーションがとれず、電話に強い恐怖感を抱えている発達障害者だとしたらどうでしょう。言い訳になってしまうのでしょうか。

発達障害はもっと複雑に特性が絡み合っていることがほとんどですが、以上のように特性、本人の困り感によっては発達障害を理由に配慮を求めることは決して悪いことではなく、免罪符と呼ばれていいものではありません。
さもなくば、発達障害で苦しんでいる人はもっと己の首を締めることになりかねないのですから。

そういう生き方もある

めんどくさいからという理由で過剰に配慮を求めるのは避けるべきことですが、発達障害だからと理由をつけるのは正当なものです。
生まれつき目が見えない人には点字や読み上げがあるように、障害者にはそれに見合った支援を受ける権利があります。
しかし、私はあえてそういった配慮なしで社会になじもうとする発達障害者を否定しません。権利はあくまで権利であり、義務ではないのです。
今回取り上げた記事が賛否両論を巻き起こしているのは、配慮を求めない生き方を配慮が必要な人にまで強制しているような書き方だったからではないでしょうか。
そういう生き方もある、発達障害は免罪符でもなんでもなく、支援が必要な人はそれを受けて然るべきということを以て、この記事を締めくくりたいと思います。

最後までお付き合いいただきありがとうございました。