メンヘラが生きるための日記

便所の落書きなので読まなくていいです。

希死念慮との付き合い方

こんにちは、えり(@viola_alauda)です。

昨日は珍しく早く寝ることができました。というか、14時くらいに起きて17時から2時間寝た後深夜1時に寝たので完全に寝すぎですね。

不眠なのですが、生理の時はこのようにいくら寝ても寝たりない時が1日はあります。今日も正直眠いです。

ずっと眠れたら楽なのになあ…と思います。寝てる間だけは、自分のネガティブな感情や希死念慮から逃れることができるのですから。

うつなどを抱えている人は希死念慮が強い人も中にはいると思います。そういった皆さんは、どのように希死念慮の辛さから逃れているのでしょうか。私はなにをしていても死にたい、自分は死ぬべきだという考えが頭から離れません。

趣味をやればいいのでしょうか?でも趣味のお絵描きやカラオケに行く元気がないし、つらい気持ちは変わりません。Twitterを見ていたらその気持ちはいっそう高まりますし、運動するにしても外に出ると楽しかった頃のことを思い出してしまい余計辛くなります。音楽も同じです。思い出してしまうんです。

結局家に引きこもって何をする気力もないまま毎日やり過ごしていますが、もう限界です。しんどい。生きるべきじゃない。

北海道にいた頃に逆戻りですね。自殺することばかり考えている…結局私が幸せになんてなれるはずがなかったんです。自己愛が強くて、人の気持ちを考えられなくて、容姿も醜くて。一体何を勘違いしていたんでしょうね。

昨日Twitterで言いましたが、人間が死にたい時に死ねないのは重大な欠陥だと思います。

無責任な飼い主は叩かれるのに、無責任な親は許される。ペットを虐待したり飼えずに捨てたら悪いことなのに、子供を虐待したり育てられる能力がないのに産んでしまっても怒られない。もちろん堂々とやったら犯罪になってしまいますが、私のように中途半端に生存してしまったアダルトチルドレンにはなんの救済もない。

せめて安楽死くらい認めてもらえないでしょうか?恐怖と絶望に打ち勝って自殺しても悪いことだと本人ばかりが責められるのは、本当に理不尽だと思います。希望を中途半端に与えるくらいなら最初から手を差し伸べないで。

一体私は何を拠り所にして生きていけばいいのですか?精神的な支えを失ったのだから自ら終わりにしてはいけないのですか?引き伸ばしていた自殺を実行することになんの罪があるのですか?死んだほうが、いろいろな人の負担が軽くなるのに。

死んではいけないというのなら、私になにかしてくれるんですか?私が自然死するまで、生きる意味を与えてくれるのですか?

無理ですね。そんなことは誰にもできません。幸せになって生きることができるのならそれが一番ですが、それも無理です。

色々言葉をかけてくれる人もいますしそれはすごく嬉しいのですが、今はどうしても前向きに考えることができません。