122日目 共感ってなんだろう
こんにちは、まゆ(@fuchs_tagebuch)です。
コンサータを飲んだのにもかかわらず眠いです。魔剤を今開けました。生理前だからでしょうか?生理前は色々と身体の不調が起きるのでしんどいですね。メンタルもあまり調子が良くない…
今日は別にあたためていたわけでもない、さっき思いついたネタを適当に書いていきます。
ASDは共感能力が乏しいとよく言われますね。私は当事者ですが、自分でも共感能力があるとは思えません。他人に不快な思いをさせたこともあるし、あとから無神経だったなと思うこともあります。
しかし全く共感することがないわけではないのでその時の自分の感覚を振り返ってみたのですが、どうも私は自分の経験を基準においているようなのです。
これは他の健常者もそうなのか、私だけなのかよくわかりません。人から何か聞かされた時に参照するのは常に自分の感覚や経験で、自分が同じようなことを感じたことがあれば共感できるけど、そうじゃなければわからない。だから理解できない。
想像力が欠如しているだけなのでしょうか。聞き上手な人は聞いた内容がたとえ全く経験したことのないことでも上手に相手の気持ちに寄り添えますよね。そこには私にはない感覚があるのでしょうか。
Wikipediaには共感とは相手と喜怒哀楽を共有することだとあります。想像ではなく、実際に相手と同じ感情になることだと。
確かに相手が大変な時に自分もそれを想像して辛い気持ちになったりはあります。しかしそれは自分が過去に忙しくて辛い経験をしたからであり、その時もあくまでも「自分」が基準でした。
健常者はその基準を自分以外のものに持っているということなのでしょうか。もしくは想像して同調する能力が高いのか。
それから、たとえ共感できたとしてどう相手に言葉をかけたらいいかわからなくなることも多々あります。「自分も〜」ではただの自分語りになってしまうし、そうだよね、わかるよ、だけでは薄っぺらい…自分の感覚を言ったところで相手も同じとは限らないし…
共感ってすごく難しいスキルだと感じました。
それと、私は共感というか、話したことに対して同意してくれて聞いてくれればそれで満足なのですが、そうじゃない人も中にはいますから。具体的な対策を一緒に考えて欲しい人、私のようにただ共感して欲しい人、慰めて欲しい人…見極めるのは難しくていつもミスします。また同じ人でも状況によって違ったりしますし。
健常者が共感という反応をする時に一体どういうプロセスを踏んでいるのか、少し知りたくなりました。